2013年11月17日

奈良に行ったなら

日本古代史が好きな私にとって、奈良は歩くだけで
楽しくなる。
場所場所の由来に思いをはせながら、今年の9月に
2泊で行ってきました。
主に巡ったのは奈良県明日香村。

目的は「天皇陵巡り」
我ながら渋いにゃ。

■文武天皇陵
 一発目。飛鳥駅より徒歩15分くらいか?私は駅前でレンタ
 サイクル借りたので、一気にと思ったのだが、このあたりは
 丘陵地帯のようでほとんど歩いていた。
 でも、そのあとの移動には自転車必須です。
 陵自体はどれもほとんど同じ外観。
 ↓こんな感じの看板が陵ごとにあるので、目印になる。(陵名のみが違う)
 DSC_0034.jpg
 ・みだらに境内に立ち入らぬこと
  いるんだろうね。境内の写真は「神武天皇陵」のところで載せますが
  ほとんどどの天皇陵も同じです、規模は違うけど(神武が一番立派だった)
 ・魚鳥等を採らぬこと
  鳥はいるとしても、魚がいそうな陵は見なかったな。まあ、陵の数は
  まだまだあるからそういう場所もあるんだろう。
 ・竹木等を切らぬこと
  竹やら木の生い茂った場所にあることが多いので、一番効果がありそう。

 三連休だったので一応観光客が来ていたが、一般人来ても観光にはならんね。

■天武・持統天皇陵
 この陵は合葬です。
 幹線道路沿いの少し小高い丘の上にある、階段を20段くらい?昇ります。
 この陵は陵自体(陵の外観には神武天皇で画像載せますが、そんな感じの
 鳥居のようなものが建っている)つまり納められている場所(古墳?)の
 外観が周れる。歩くとすぐグルッと古墳の周りを周るかんじ。

■欽名天皇陵
 住宅街の奥にひっそりとある。
 この天皇のことはほとんど知りません、場所もひっそり。でも規模は
 他の陵と変わりなく。この雰囲気がすきなんだよね。

■神武天皇陵
 いわずとしれた天皇家の始祖、初代天皇。
 この天皇陵だけその外観を撮影させていただいた。
 DSC_0047.jpg
 鳥居のようなものの奥に埋葬されているそうです。木々に覆われた古墳の中
 にです。
 この陵は事務所があり、この事務所は「宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所」
 と称されておりました。この辺の天皇等陵墓を管理しているそうです。
 ↓一応これは同じ初代でも。
 DSC_0051.jpg
 飛鳥駅より離れて、隣駅まで自転車で移動しての訪問、自転車正解。
 ちなみに陵だけ訪問していたわけでなく、博物館やら古墳やら飛鳥寺やら
 色々見ましたが割愛です。1日では結構忙しいスケジュール。

■綏靖天皇陵
 2代目です。
 何でも2代目が大変。
 いや〜影薄い。陵は神武陵の近く。こじんまり。

■懿徳天皇陵
 4代目です。
 ここからは自転車を返して、電車で移動。そんなに離れていないの
 だが、どうしても自転車で行けそうにない。なんでだったのか?
 道が見つからないんだよね??
 陵自体は訪問中一番、住宅街のど真ん中。駐車場の隣にあります。
 でも風格があるんだよね・・・何だろうね?
 しかもどの陵もそうだが白砂利が綺麗に掃き清められていて、多分
 さっきの事務所の職員(宮内庁の国家公務員さん?)が毎朝掃いて
 回っているのだろう。ごくろうさまです。

■安寧天皇
 3代目です。
 一番迷った。
 今回ネットで入手した愛好家の方の地図を印刷して行ったのだけど
 この陵は迷った。
 結局たどり着いたけど、やっぱり見た目は同じ。

結局都合7陵巡った。
総じて言えることは、どれも同じ。もちろん同じでなければならん
のでしょうね。
内部がどうなっているかはもちろん誰にもわからない(のか、宮内庁の
役人になるとわかるのか)いづれにしても天皇家の権威を世に知らしめる
ためには必要なツールの一つなんでしょうね?
8代目までは実在してなかったということが一般的な学術的な結論らしい
し、何にも入ってないのかもしれませんが。
どちらにしろ雰囲気はいいんだよね、厳かな雰囲気。

これからも機会があったら巡りたいですが、数が多いのは京都なのかな
平安時代からは京都か。
いどれそのうち機会があったら。
posted by 空条錠太郎 at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月03日

やればできる

なんてこと言えませんけどね。

やらないよりは、やったほうができる可能性は高いと
一般的には言える。


くらいですかね。


さて、久し振りに書く内容が思いつかない。
でも、日常であまり人と話さないので、書くことで
発散しにゃいと。

仕事の大き目な工事が来週控えていて、昨年から準備
してきたのでちょっと緊張している。
色々準備実験もしているので、問題はないはずなのだが
やっぱり緊張してきた。久しぶりに緊張。
たまにはこういう緊張しないといけないなあ。

仕事の大きめな現場が先週終わって、ひと安心。
この仕事は責任者ではないけど、一つの役割を任されて
いるから、しくじれないという点では同じ。
責任者の上司は俺の練習にいっぱい付き合ってくれて
ほんとうにありがとうございました。
いつも感謝しています。

転職してから、2年弱。
いろんなことがあるけれど、周りの皆さんのおかげで
何とかやっている。
自分一人では決してできないことも、みんなで力を
あわせれば、きっとできる。
posted by 空条錠太郎 at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月28日

まだまだ試行錯誤

最近何かと政治色の強い記事ばかりになってしまって
ちょっと反省と言うか、フライングゲット。

2011年に、もしかしたらブログにも書いたかも知れない
けれど、浜田省吾のコンサートツアーがあって、3回行った。
あのころはまだ2〜3か月しか経過していなかったのだけど
なんか、既に震災のことよりも目の前のコンサートのすごさ
楽しさしか覚えていない。

3回が3回当然だけど、ほとんど同じ内容だったけど毎回
新鮮だったし、当時は本当に一期一会のように覚えていない
ことが多くて、興奮して覚えていないんだと思うけど・・・
やっぱり生のコンサートはすごいな、DVDの映像作品も
悪くない、でもそれはあくまでコンサートを切り取った「画」
であって、生のコンサートは自分が観たものが全てだから
品質の違いじゃなくて、全く別物と言う感じ。


彼の音楽を今の時代に、だれが受け継いでいるのかというのは
ちょっと難しい。いわゆるプロテストソングを今の若い人が
高らかに歌うのは時代的に難しいのかな。
でも、やっぱり歌わないといけないジャンルだと思うんだけど
夢や希望を歌ったり、難しい曖昧な詩を綴って、クールさを
前面にだすのもいいけど、それだけで歌を歌うことの必要性に
応えられているのか疑問。
いや、世の中の若い人たちもアングラではそういう歌を歌って
いるのかもしれないけどね、マーケットがそれらを受け入れない
ということなんだろうか?
何しろ、売れては消えの繰り返し、大量生産の世の中になって
しまって、特に内容は一般的なものになりがちなのは仕方ない。
でも、時代を俯瞰して、それを皮肉るような歌を「たまには」歌う
こともいいのじゃなかろうかと、思わせる。
売れないのはわかりきっているけどさ。
ある程度実力付いてきて、余裕が出てきてからでもいいからさ

それにしてもHDDレコーダーが不便。
チューナー1個だし、EPGに追従しないし。
DVDは読み込まないし。
そろそろ買いどきなのかな。
posted by 空条錠太郎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

何も足さない、何も引かない

今日は、参議院議員通常選挙の投票日です。
自民党の圧勝が予想される昨今、国会の捻じれは解消され
必要な政策が実行されると、叫ばれている。
そんな中、自民党の政策の目玉の一つに「日本国憲法改正」がある。
しかし、憲法を変えるということのリスクについては、よく考えた
ほうがいいと思う。
どの政党が改憲しようとしても、メリット、デメリットがある
と思うが、現在改憲を公に示している自民党案を見てみる。

自民党憲法草案
(平成24年4月27日決定)

■語彙の変化
 現在の憲法と自民党草案を比べてみると、その細かい語彙の変化が目につく。
 (現)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の助言と承認を必要とし
  内閣がその責任を負う」
 (案)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の進言を必要とし
  内閣がその責任を負う」

 (現)
 「国民の権利に関しては公共の福祉に反しない限り・・・」
 (案)
 「国民の権利に関しては公益及び公の秩序に反しない限り・・・」

 このような語彙の変化はその他にも散見し、しかもそれがさも重要でない
 かの如く、変更されている。
 しかし、解釈が重要になる憲法の条文で、このような微妙な語彙の変化に
 対して、何の説明もないとすればそれは危険である。
 (前文の後に「語彙の定義」を行うとか、説明と定義を行うべき)
 一見問題なさそうな表現の変化にどのような思惑があるか、それを見抜ける
 国民がどれだけいるだろうか。
 特に「国民の権利」に関する条項には最大限の目配りをしなければならない
 「公益」に反しない限りと表現が変わってしまったら、それがどんな
 事態を招くか、公益という概念はその時の政府の意思によって容易に変化
 してしまう。「国体」に反しない限りと「解釈」される日が来ないとは保障
 できないのである。

■国民の権利
 関連してやはりこの条項が怪しい。とにかく微妙に変化している。
 前述したように、権利条項は「公益」の名のもとに制限が加えられていく
 可能性が大である。そのあとに続く「公の秩序」などは、いかようにも解釈
 可能である。戦前の公の秩序が何であったか、それを思えばもはや権利条項は
 旧帝国憲法のレベルにまで落ちて行ったといわざるを得ない。
 又、これも語彙の変化であるが。「侵してはならない」⇒「保証する」との
 変化が権利条項で散見される。
 保証するとは聞こえがいいが、これでは「政府」が国民に「与える」という
 意味になってしまう。これは大いなる間違いである。
 権利は国民の不断の努力により勝ち得た「生れながらの権利」なのである。
 なんとなれば、「政府は、この権利類を「侵せませんよ」と国民が宣言する」
 重要な意味を有しているのである。この語彙は死守すべきと思う。
 そして、一番の疑問は「なぜ、自民党は国民の権利規定に手をつけたがっている
 のだろうか?」ということである。
 単純にそれがわからない。意味がわからない。

■改正
 これについては以前にも、ブログで論じたが、この規定改正こそが最も恐ろしい
 改正内容であることは、言うまでもない。
 法律とほぼ同じ条件で国会が発議できるということは、政権与党の思惑でいくら
 でも改正が可能ということを意味している。
 憲法は法律とは違う、「権利を保証し、国を規定する」章典なのである。
 それを改正するということは、万に一つ「国民の権利」に「国の在り方」に不測の
 事態が起きた時だけである。その時は総議員の2/3の賛成も自然に獲得できるし
 そのぐらいの状況でなければ「変えるべきではない」と考えなければならない。

■第9章 緊急事態
 この規定は、緊急事態を宣言した(宣言の権能は内閣総理大臣)場合に国民の権利規定
 を「保証する」から「最大限の尊重」に格下げさせることが可能というとんでもない
 条項である。しかも、基本的人権以外の権利はほぼ無視され、政府の指示に従えという
 それこそ戦前の勅令を思い出さざるを得ない、恐ろしい規定である。
 そしてこの緊急事態中、内閣(行政権)は法律制定権(立法権)を持つことができる
 となっている。
 もちろんこの立法権による政令の効力は事後に国会の同意がなければ消滅するとある
 が、事後の国会合意とはいったい何時されるのか?甚だ疑問の残る危険な規定である。

■第2章 安全保障
 最後に、この規定に触れないわけにはいかない。
 やはり、国防軍は釈然としない。自衛隊で何がいけないのかをまず論理的に説明して
 ほしい。そして第9条の二の3には「・・・国民の生命若しくは自由を守るための
 活動を行える」と規定されているが、これは具体的にどのような活動なのか?
 国民の生命の名のもとに武力発動が安易におこなえるという自体にならないという
 補償はあるのだろうか?これも語彙の定義のあやふやさが気になる点の一つである。
 そしてこの章で最も不可解なのは「軍事裁判所の設置」である。
 なぜ、国防軍人のみが特別の裁判所で裁かれなければならないのか?全然理解できない。
 国防軍は統帥の独立下にあるわけではなく、行政権の内閣の指揮下にあるという
 ことではないのであろうか?

キリがないので、とりあえずこの辺でやめておくが、はっきりってこの草案は
改悪である。もちろんところどころ条文は整理され、法学的には非常に読みやすく
あいまいな点も明確にされ、いいところもないとは言わないが、そんなものは
特に変更しなければならない必要性を(2/3以上の賛成が得られる)感じられ
るものではない。
そもそも、現在の憲法を改正しなければならない理由が本当にあるだろうか?
私には、あるとは思えない。
改正の内容よりも先に「改正がどうしても必要」であるという説明が必要である。
「他国が作ったからいや」というつまらない理由で大切な権利規定を平和規定を
変更させるわけにはいかないのである。
posted by 空条錠太郎 at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

やらせはせん、憲法の栄光はやらせはせん。

時の政権、その中枢、多数与党、その中心にいて
国家の権力を掌握する存在。
そのような地位にある人間が、議会の両院でまさに
大多数の「数」を背景に、立法の力を手中に収めようと
している時。
そのような時、必ず口にする政策の一つが「憲法改正」
という、過去誰もが成しえなかった、そのパンドラの
箱を開けるがごとく所業なのである。

日本国憲法はその96条で改正に関して、以下のように
定めている。
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、
国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票
において、その過半数の賛成を必要とする。

条件は2つ。1から2という段階を踏む。
1.「両院の総議員」の2/3以上の賛成で国会が国民に提案する。
2.提案を受けた国民は、承認するか否かを選択する。
  (国民投票により過半数の賛成で承認とみなされる)

まず、1の時点で不可能に近い。
この規定に「衆議院の優越」は適用されない。
つまり、衆議院の可決が国会の議決ということにはならない。
国会の議決は「衆議院」「参議院」両方の「総議員」の2/3以上
の賛成を必要とする。
2/3という数だけでもものすごい。阿部のみくすで大人気な現在の
衆議院でさえ、自民党単独では2/3いっていない。
そのうえ、この議決には「総議員」の参加が必要なのである。
通常、法律の改正では「出席議員」の1/2の賛成が必要というもの
で、野党が「俺は気にくわないから欠席する」といっても
痛くもかゆくもない。出席している与党議員で採決してしまえば
いいのであるから。
しかし、総議員での採決が必要と言うことでは、もう全員説得する
必要がある。こんなことが果たして可能なのかと、そして「たった」
1/3の少数派の反対で「改正できない」この規定に民主主義の原則が
適っているのか?そう言うのである。
そしてこの96条を改正して、憲法改正しやすくしようというその現在の
権力者の勘違いぶりが見ていられない。

憲法は法律とは違う。ハッキリ言って、憲法に多数決の民主主義
原則はあてはめられない。
民主主義は多数優位原則を唯一の原則に成り立っているのではない。
多数優位原則は民主主義の方法論の一つであって、それがすべてではない
「憲法」という特殊な法典にあっては、その適用を免れるべきなのである。
その理由は、憲法典は「人間の権利、生命、自由」といった個人個人の
存在に係る自然権が明文化されている(更には下位の法律でそれらを侵害
できないようにする)という特殊な「人権の砦」という役割をはたして
いるということ、から言えるのである。
国権に関しての規定も、人間の生存権に深くかかわる。行政権の拡大、
司法の軽視、国会の形骸化。それらはすべて国民の人権に跳ね返ってくる。

憲法に手をつけてはならないという「原則」を変えてはならない。
もちろん、その緊急事態にあって、その変更をすることが唯一国民の生命
権利に有効な手立てであるという絶対的理由が発生すれば、その時こそ
国会と国民自身がその改正に対して議論し、そしてその改正を国民が
自分の意思で行うということが「自然の流れで」おこなわれるだろう。
そう、国会の提案は、国会から国民に行われるのではない、世論が国会に
行わせる、のである。
そのような緊急事態に、国会は一体となって議論することによって世論
を説得し、総議員による2/3以上の賛成という「軌跡」を起こすことが
憲法改正の唯一の方法であるべきなのである。


尚、国会の発議後の「国民による投票」は個人的には形だけの投票
であると考えている。
その理由は前述のとおりである。
posted by 空条錠太郎 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

3.11を思う

2011年3月11日

それは、日本国存亡の危機が訪れた日。


あの日、地震が、津波が、そして原子力発電所の事故が
この国を襲った。
天災、そして天災が引き起こした「原子力発電所事故」という
明白な「人災」

原子力発電所は、あの事故以来、稼働するかしないかでこの国を
二分している。
被災地のかたは計り知れない恐怖と不安にさいなまれている。
原子力発電は、もうたくさんだと。
国の安全政策は信用できない。
そんな気持ちでいっぱいだろう。

しかし、以前のブログでも書いたとおり、ヒステリックに
(大変失礼な言い方だが)ただ、原子力発電は停止するべきと
「今更」言うわけにはいかない。
それは、我々にも責任があるということ、それは以前にも論じた。
我々が欲した、全てではないが、しかし少なからず我々は欲したのだ
便利を、興奮を、充実を、そして「安全」までも。
それらの大部分は、文明、電気による文明で補われているのである
そして、電気の大部分は原子力発電が担っていたし、これからは
更にその役割を負担されていくはずであった。


原子力発電は本当に効率がいい。
何をもって効率を定義するかは、もちろん1面だけでは論じれないが
費用対効果に関しては、本当に効率がいい。
火力、風力、自然発電。そのどれもが大量の燃料を必要としたり
気まぐれな自然の力をあてにしたりと、非効率、非安定的。
だから、その側面では、今の段階でこれをやめるわけにはいかない。
それは、もう論じるまでもない。
一部の方は、それでもやめるというだろう。
そこまでして、原子力発電に頼ってまで、文明を存続させる必要が
あるのかと、そういうかもしれない。
しかし、短絡的に「ただ止める」といって、今の文明を放棄するのは
あまりにも無責任だ。我々には、文明を欲してしまったという責任が
ある、投げ出せれない、逃げるわけにはいかない。

だが、原子力発電は危険である。
もっともリスキーな方法である。最も効率的とは裏を返せばもっとも
リスキーであるという。
そして、核燃料の処分を考えれば、地球環境にも火力発電のCo2排出
と同じくらい、それに対する影響も大きい。
「永遠に地球上でおこなうわけにはいかない方法」であることは確かだ。
さらに短期的に見れば、本当に安全が確認されたと言えるのか疑問だ
設備の安全性についてもそうだが「運用」「非常時の対応」に関しては
本当に政策が講じられたのだろうか?
緊急時に原子力発電所をサポートする体制。物資の輸送、電源の供給。
想定されない状況を想像力が働く限り絞り出して、ありとあらゆる状況
を想定した、マニュアル作り。
そして一番大事なことは、設備は壊れる、想定も覆る、人は疲弊する。

このような状況は必ず起こるという「危機意識」それが最後の砦なのである。

この事故が起きた時、政府の高官は「国家の存亡」「天皇家の存続」
「首都機能の移転」それらについて最悪の事態を想定して考えざるを
得なかったと証言していた。これは衝撃である。
このような危機が、過去にもあった。しかもそれは皮肉にも今回の事故と
同じく「原子力」によってもたらされていた。
「原子爆弾」その爆弾は2発、有史以来日本にのみ投下されている。

その危機を先人の血と汗と、知恵で乗り切った後、そこに一つの誓いが
残されている。その誓いを我々は、裏切ってしまったのである。
その根本はおごりと、絶え間ない欲求によるものであることを思うと
やるせない気持ちと無力感に苛まれるのである。

「安らかに眠って下さい。二度と同じ過ちを繰り返しませんから」
posted by 空条錠太郎 at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

2月の1日から2日にかけて1泊で旅行というか骨休めに
行ってきた。
毎年の恒例温泉宿に一泊し、かつてから行きたかった神社に
参拝した記録である。
なお、読んでも面白くないかも知れませぬ。
(身も蓋もないけど、他人の旅に興味ないでしょ)

2月1日
前日(1/31)夜、仕事終りに空港近くに移動。前泊する。
そうしないと時間的に厳しい可能性があった。
1日朝空港に向けて出発。
空港までは電車(第三セクター?)
これが信じられない高額運賃。わずか6駅程度の区間で時間も
20分程度なのに、600円くらいする。
羽田のモノレールのほうが、利便性もよく、距離も長いと思うが
金額的には安かったと思う。

大分までは乗継が必要。
乗継時間含めると空港〜空港で4時間くらいかな。
羽田から行っていた時に比べると、やはり遠い。乗り継ぎが
うまくいくと(帰りは乗継30分だった)もう少し早い。

大分からは、高速バスで温泉街まで1時間くらい。
宿には最寄駅からタクシーで1000円くらいだが、送迎してくれると
最高なんだが・・・それだけが毎回悔やまれる。それ以外は
後述するが最高。

宿は、離れ(1軒屋)が8軒くらい(増えた)で1軒に一組
基本的には2部屋で内風呂付き。
今回泊まった部屋(棟が正解なのかもしれんが、便宜的に部屋とします)
は2階建てで1階が居間+風呂(トイレ)で2階が寝室(トイレ)
という間取り。
DSC_1458.JPG
DSC_1445.JPG
以前(3回目)泊まった部屋も、今回と同じ間取りと平屋で1階に
居間と寝室、風呂という部屋に1泊づつしている。
広さはどこも同じ程度だと思うが、趣向は全室違っていて、和室
モダン和室、韓国風の内装など、お風呂も岩風呂やヒノキ風呂等
色々な趣向が施されている。

内風呂のほかに共同外風呂(貸切)が2つある。
室内と露天の2つが、それぞれ備え付けられている。
私は片方にしか入ったことがないのですが、入ったほうはかなり広い
(浴槽は石風呂で多分5人は一度に入れるくらい)


特筆すべきは食事である。
【夕食】
創作和食という分野らしいが、地の食材を使った基本的な和食
にジャンルにとらわれない創作っぷりが最高。
私の中のランキングは
1位 豊後牛の西京焼き(豊後牛は必ず出るが、前回は溶岩焼き)
2位 地鳥団子鍋(毎回必ずでる定番)
3位 前菜の 白魚湯葉揚げ(塩味が絶妙)
4位 前菜の 蟹茶巾
DSC_1461.JPG
5位 蕪の雲子グラタン

料理の細かい解説は私には無理だが、最高にうまかった。
定番は必ず出るが、毎回斬新な料理ばかりで素晴らしいと思う。
また、色々なサービスも毎回サプライズ的に提供してくれる。
今回は夜食を無料でサービス!!

食事は個室。(前回は宿側の都合でたまたま部屋だしになった
追加料金で部屋だしの予約も可能だったと思う)
個室はまた、雰囲気がいいので、食事は個室がおすすめです。

【朝食】
ボリュームもそうだが、あっさり、前日の食べすぎも気に
ならないような考えがされている。
今回は
・鮭塩焼き(ケイジかもしれない。すごいうまかった)
・卵焼き
・サラダ
・温豆腐
・佃煮、つけもの
・団子汁(大分名物。ほうとうに近いとおもう)
・ご飯(めしがうまい!!)
他にも数品あったと思うが、忘れました。
写真も撮り忘れた。
朝食も個室ですが、夕食とは違う部屋です。

設備としては他に、バー(BAR)があるらしい。
らしいというのは、行ったことがない。
行ってみたいけど、食事のときに酒飲みすぎて、これ以上
飲むと、寝てしまうという最悪の結果を招きかねない。
のと、おしゃれな空間が苦手ということ。
でも、毎回行ってみたいかもと思うのですが、勇気でない。

あと、談話室がある(新しくなった)
本やCD,DVDが置いてあり、好きに(無料で)借りれる。
談話室自体もいい雰囲気で、ソファーでゆっくり話ができる
なあ、と思う。コーヒー無料。


きりがないので、このくらいにしておきますが
接客も完璧に客のことを考えて、あまり突っ込んでこないというか
馴れ馴れしくしないという、ただ設備の端々に気を使っているのが
わかる。


・2日目
以前から行ってみたかった、宇佐神宮に初もうでに行ってきた。
宇佐までは電車で移動。
特急に乗ったのだが、いつも思う。
私は鉄道マニアじゃないので、気のせいかも知れないが、JR西日本
JR九州の特急ってすごくかっこいい。
室内もスタイリッシュだし、外観もかっこいいと思う。
DSC_1484.JPG

宇佐神宮は、全国八幡神社の総本山。
DSC_1486.JPG
伊勢神宮と同じ「上宮と外宮」に分かれる。(伊勢と違って同じ敷地内に
2宮ともある)
参拝はゆっくり参拝して1時間。
宝物館(300円)を観覧して1時間30分くらいだった。
参道に土産物屋が並んでいて、お土産を買いながら、昼食をとる暇が
無かったので、買い食いで「ネギ焼き」を買って食べたがおいしかった。
ネギ屋が始めたネギ焼き専門店と言っていたが、ネギが甘くておいしかった。

このあとは、ひたすら帰り。
タクシー〜電車〜バス〜飛行機〜乗継〜飛行機〜電車〜バス〜タクシー
帰りの飛行機、乗継時間30分で伊丹空港での乗り継ぎに挑んだ。
大分空港からの飛行機はプロペラ機だった。(仕事でよく乗った)
乗員的にどおしても優先度が低いのか、飛行機はターミナル直結ではなく
バスでの移動になったので、ちょっと時間がかかって焦った。
2日で4回飛行機に乗るのもいいもんだ。ドリンクも4回飲んだし
非常時手順の実演も最後は、俺でもできそうだった。


移動は昔より大変になったけど、行けないことはない。
宿でくつろぐのが目的なので、毎回ほとんど観光はしていない。
今回はせっかく金かけて行くので、以前から行きたかった宇佐神宮に
行ったが、あの宿に2泊できたら最高だなと思う。
時間、金二つがそろわなければできないと思う。予約も休日は完璧に
空いていないので(楽天とか予約可能期限内は全て満室)平日で2泊
前泊で3泊。
とりあえず、1泊でいいので毎年、このイベントを生きる糧にして
行きたいと思う。


最後に見づらいけど 『USA』 なぜ?ローマ字 なぜ?山頂に地名
DSC_1489-1.jpg
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2013年01月15日

降る雪が

全部、メルティキッス(チョコレート菓子)なら・・・

いいのにな〜〜


というCMが一時やっていた(あらがっきーが歌う)のだが
勘弁してくれといつも思っていた。
あんなに降る雪が全部チョコだったら、始末に悪いどころ
じゃない。


しかし降るね〜
私は関東生まれの関東育ちなのですが、今は雪国に住んで
いるので、一晩で50cmとか積もられても。困るんですけど
車埋まってるし。
パワーウインド開かないし。
ワイパー動かいないし。
スリップするし。

それにしても、住んでいるアパートの人は全然雪かきしている
様子がない。みんな、やってるのかなあ?
さすがに50cmつもると少し雪かかないと発信不能になる
ので、俺は平日は帰宅時、休日は日曜日の夜にすごく降ったとき
のみ車周りだけ雪かきしている。


さて、明日の朝はどのくらい積もっているか?
道路も混むので、早めに出社しよう。
posted by 空条錠太郎 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

新年明けまして、おめでとうございます

遅くなりました。


実際、正月は実家に戻ってクウネルアソブ状態でした。
そんな極楽な状態から一点、日常が始まった当初は全て
がいやになり、自暴自棄で、もう正月なんてしないなんて
言わないよ絶対、と思ったもんです。

しかし、それではいけないと。

みんな頑張っているんだ、おれも頑張らねば、自分に
出来ることは歌うことだけだ!!
歌うことしかないんだ!!
俺は俺でいいんだ、おめでとう。クワックワわ。


そんなこんなで、やっと目が覚めました。
ついでに今年の目標。(誓ったのは1月1日だよ)
1.糖分炭水化物をひかえよう
2.旅行にいっぱい行こう
3.消防設備士乙4類にそろそろ合格しよう(6年目くらい)
4.(内緒)

という豪華4本立て。

ということで、頑張ります。
みんなもガンバレ。
posted by 空条錠太郎 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

そこに山やら川やら温泉やらラスクやら、あるから

今まで仕事で山に登る機会が多くて、その時は
しんどいことばかりだったので、登山自体には
あまり興味がないというか、仕事で登るんだから
わざわざプライベートで登ること自体に意味が
みいだせなかった。

昨今、仕事が変わって、仕事での登山の機会は
無くなったわけではないが、かなり少なくなった。
いざ少なくなると登りたいという気持ちになるもので
今回、登山が趣味の友人と登ることになった。

今まで登山と言っても仕事では精々2時間程度の
もの(ただし、荷物は数十キロ担いでいたが)
プライベートでは富士山くらいしか登ったことが
なかった。装備から心構えまで、友人に指導を受けて
準備万端、当日を迎えた。

山はよかった。
登り始めは霧がでていたが、登るにつれ霧も晴れ
登頂したころにはすっかり下界が見渡せる、絶景だった。
この時期の登山で、場所も場所なので気温はギリギリ
水の融点以上という厳しさで、装備の大切さを知った。
なによりも朝食をほとんど口にせず登ったことにより
途中まで頭がフラフラして厳しかった。
その時に食べたおにぎりはうまかった、コンビニの
おにぎりに感動したのははじめてだった。
頂上ではガスを使って、ラーメンを作った(のは友人)
あったかくて涙が出た。寒い時に食べる温かいものは
人間の本能に訴えかけると思う。
IMG_1436.jpg

山を降りてからは、折角長距離移動してくれた友人の為に
温泉に赴き、思う存分堪能した、この僻地に居を構えて
一番うれしいのは温泉にいつでも入りたいときに入れいる
こと、もちろん自宅には温泉はないが、車ですぐのところに
温泉がるというのはうれしい。


遠路はるばる来てくれた友人に感謝。久々に楽しかったです。
遠くまですみません。
またよろしく。
posted by 空条錠太郎 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

POWER of LOVE

昔のドラマ

恋のチカラ

が結構好き。
いわゆるトレンディドラマ。

なんてことない内容だけど。
posted by 空条錠太郎 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月10日

あいまい

アンテナや電波伝搬に関して、色々勉強したけど
最近は自分の実務に関係ないことはどんどん忘れて
いるなぁと思っていて、少し勉強しなおそうかと
思ったりしている。
どんな項目が、あったかなあとほしい本の目次を読む
(ネットで)

・実効長
 なんだっけな・・・
 なんか実際の長さと電波での長さは違うってことは覚えてるんだけど
 なんで違うんだっけ?
 覚えているのは、実効長にそこに発生している電界強度をかけると
 アンテナに誘起する電圧がわかるってこと(無線器に入力する電圧は
 半分ね。インピーダンス整合してる場合)
 うーん、実務で必要なことは問題ないな

・損失のある線路
 いや〜。基本的には損失のない線路なんだよね。あつかってるのは。
 √C/L
 これが無損失線路の特性インピーダンスなのよ。
 実際には損失のある線路が現実世界では支配的なので、上記式に
 抵抗分が加算されるんだと思った。
 でも詳しいことはわからない、忘れた。でも現実扱う特性インピーダンスは
 50か75という無損失数値に調整されているから、必要はないんだよね

・給電線の整合
 インピーダンスが違う線路をつなぐ場合、そのまま繋ぐと反射が発生して
 VSWRが劣化するので、整合器をかまします。
 現実には整合器は変換コネクターのようになっているから何も考えなくても
 つなげりゃいいんだよって感じですが。いろいろ種類があるんだよな・・・
 平衡の場合や、不平衡の場合で色々パターンがあったと思った。
 具体的にはおぼえてない

・同は管
 必ず、こう変換される。
 同は管って、なに?
 同じ管ってこと・・・?
 勉強しろや、くそIMEがっ

 話を戻して、同は管とは、給電線と違う。
 ・給電線=+と−に分かれた線を電波がとおります。電線です。
 ・同は管=空洞の中を電波が伝搬します

 同は管には、菅の中の空洞を電波が波になって伝搬していきます
 だから損失が給電線に比べて少ない、という性質があります。
 でも細かい決まり忘れた。
 なんか色々式があったような。モードとかあったような。
 分岐器とか色々あったなあ。


他にもまだまだある。
こんなにあるもんかね、電波伝搬も含めるとすごいな。
電波の伝搬なんて、伝搬の方法だけで何通りあったか・・・・。


やっぱり、本買うか。古ほんでね
posted by 空条錠太郎 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月02日

仕事の原理

原子力発電所にはもううんざりですという意見をよく耳にします。

安全だって言っていたのに、だまされた。
こんな危険なものはもうたくさん、未来の子供たちにこんな負の
遺産を残していいのか?
原子力発電はゼロだってきっと、うまくやっていける。
ゼロだって、節電して行けば今だって全然問題ないではないか?


皆さんは、エネルギーってどういうものだと思っていますか?
何となく、よくわからないけど発生して、お金払って電気つけて
お米たいて、洗濯して、テレビ見て、インターネットする。
あんまりよくわからないけど、でも安全なエネルギーがいい。

人間が10km歩くのは結構大変だ!!
私の今の住まいから会社までは約10km、毎朝車を運転して出社
していますけど、毎朝歩くっていったら、いやだなぁ。。。
健康のために自転車で行こう、いいことだ。
でも。。。20kmだったら?
自転車なんだ、俺は、何があっても。とはいっても、せいぜい時速
20kmくらい?(自転車乗らないからわかんないけど)
1時間か。。。信号待ちとか、大雨とか、雪とか。

でも、電車で行ったら?
駅まで徒歩5分とかだったら、電車で一駅5分。
正味15分くらいか、全く疲れないし。やっぱり電気はすごいなあ。

でもなんか変?
なんだろう、この微妙な違和感は。

人間は本来自分の足で歩いて移動していた。自分の手で洗濯していた。
自分で会って伝えていた。
この不便さを解決したのが電気・エネルギー(燃料による)だった。
今の文明を支えているのは電気・エネルギーなんです。
でも、大半の人は(俺も)そのありがたみをわかっていない。
いや、ありがたいみというより、エネルギーが何か?あまりにも
わかっていない。いくらなんでも、ちょっとひどいと思う。

さっきわざとらしく例を挙げたけど、人間の不便さを、本当は人間が
苦労して、めんどくさいことに向き合う、生きるための必然に対面する
必要があるのに、それに背を向けてエネルギーにそれを代行させている。
それなのに、原子力発電は、ただただ「いや」という。
もちろん、原子力発電ははっきりと、いきずまりがわかっている方法
不安定な、危険な発電方法だということは言うまでもない。
それを自分の子供たちの世代に残したくないという、それはわかる。

でも、今、原子力発電なしで停電せず、何とか文明の生活を送れるのは
火力発電のおかげです。
電気自動車でエコだと言っても、電気自動車は充電しないといけません
充電には電気が必要です。その発電には結局CO2がつきものです。
皆さんは覚えていますか?
3.11以前、火力発電は「CO2削減」という目標のために風前の灯
原子力発電こそ地球温暖化を救う未来の発電方法と言われていたことを。
発電方法が火力メインに戻った今、この問題は議論されているんでしょうか?
たぶんされてはいると思うけど、あんまり聞かない気がする。
タブーになっている気がする。
「原子力は嫌」
ということだけが先行して、まわりが見えていない。
目の前の汚染は怖いけど、50年先は仕方ないってことなんでしょうか?


私は思います。
結局、問題の先送りをしてきたこと自体に問題があるのだと。
「原子力による汚染(事故時の問題と使用済み核燃料の問題)」
「地球温暖化の問題(火力発電によるCO2排出)」
この2つは以前から、どちらをとってもいきずまっていたということです。
どちらか?ではなく、どうしたらいいんだ?だったのです。
本質は「エネルギーに頼った文明生活はどのようになるべきか?」
だったと思います。

最初に書きましたが、エネルギーは人間の怠慢を、欲望を埋めるために
開発された(発見された)手段です。今の文明社会に無くてはならぬもの
です。しかし、その先は見えていると思います。いきずまっています。
このままいけば、どのみち電気に頼った文明生活が続けれるかどうかは
難しいのではないかと思います。
そう考えた時に、「原子力が怖い」という目の前の情報に踊らされて
わきめもふらず原子力発電所を廃炉にしていくことに意味があるのでしょうか?

じゃあどうしろと言われても、偉そうにこんなに書いているくせに、解決策は
私にはわかりません。
新しいエネルギーを見つける?
でも、お気づきだとは思いますが、エネルギーは何かを犠牲にして成り立つものです。
安全で、永遠なんていう都合のいいものが、はたして人間の代わりに仕事を
してくれるでしょうか?
それでも、知恵を出すしかないと思うのです。
解決可能な問題はこの世には少ししかないと思います。ほとんどのことは解決不能
です。そのうちの一つだと思うのです。

問われています。人間の文明社会に対する考え方が。
もう先送りはできないと思うのです。

※原子力発電所事故で大変な思いをされている方にお見舞い申し上げます。
 直接被災していない私が、このようなことを書くことをは申し訳ないと思いましたが
 一つの意見としてご容赦賜れればと存じます。
 原子力発電は危険であることは本文でも記載しました。
 それを否定するものではないことも、最後に再度申し添えます。
posted by 空条錠太郎 at 04:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

再開するかはわからないけど

どうも。
しばらくぶりです

久しぶりにブログ書いて、あと少しってところで
仕事に出かけなくちゃいけなくなり、今帰ってきたら
記事を保存する前にPCを落としちゃってたよ!!


まあいいや、さっきより適当になるけど書きます

今日、近くの講堂にスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー
が講演に来るということで、前前からこの人の話を生で
聞いてみたかったので、行ってきました。
別にジブリの作品が昔から好きというわけではないの
だけれど、宮崎監督と鈴木Pは昔からその人間性が
あくまでメディアで見る限り、好きでした。
特に「もののけ姫はこうして生まれた」で鈴木さんの
宣伝活動の一端をドキュメントしていましたが、その
考え方や、行動力がすごいなあと思って、珍しく有名人に
関心を持つようになりました。

そんなこんなで、今回どんな話かな?と思いながら行って
みると、そのお話はジブリの制作現場の話ではなくご自身
の恩人についてのお話が骨格になっていました、講談社に
お勤め時代の上司の方のお話で、そのかたから「プロデューサー」
という仕事について教わった、というお話だったと理解しています。
話は予想以上に面白く、会場内は爆笑と関心でみんな終わる
ころには鈴木さんにひきつけられていました(と思う)。
1時間半という時間でしたが、もっともっと聞けたらという
感じでした。
せっかくなので、一幕をご紹介します。

最後に会場内からの質問に答えるという感じで、学生さんの
「将来何をやりたいかわからないのだが、鈴木さんは大学で
 何を勉強して将来の準備をしましたか?」というような質問に。
「大学はモラトリアムという感じで、アルバイトに精をだしていた。
 特にやりたいこともわからずにいた。
 世の中には以下の2種類の人がいる
 ・小さい頃から目標を持っている人。
 ・自分が何をやりたいかわからずに成長する人。
 前者は自分の夢に向かって一生懸命努力する。という生き方。
 では後者はどうしたらいいのか?それは、目の前にある仕事をコツコツ
 やっていくことだ、そうすればきっと自分に合った仕事に巡り合える
 どんな仕事も面白く感じる。私にとってのジブリもそれです。」
 ※記憶なので、詳細は違っていると思います。すみません。

めったに講演しないということで、遠く大阪から来ている方も
いて、なぜ?山形で?という疑問は解決しませんでしたが
運が良かったなと思います。


それにしても仕事、18時に呼び出されて24時に帰宅して
疲れた。仕方ないけどね
posted by 空条錠太郎 at 02:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

読書感想文ではない

最近、読書していないなあ・・・と思っていたら
書店で面白そうな本を見つけて、読んで見た。
タイトルは何となく聞いたことがあって、面白そうだと
思っていた。

「もし、高校野球の女子マネージャーがドラッカーの
 『マネジメント』を読んだら」
ダイヤモンド社刊
岩崎 夏海

タイトル通りの内容で、ある高校野球部の女子マネージャー
がドラッカーのマネジメントを読んで、その内容に沿って
弱小野球部を甲子園に連れて行く・・・という内容。
ドラッカーってのは有名な経済学の学者さんらしい
マネジメントっていうのはマネージャーがやるべきことを
まとめた本らしい。

マネージャーがやるべきことは大きく分けて以下の2点
・マーケティング
・イノベーション

マーケティングは「顧客」が何を求めているか?に焦点を
合わせて、それに合わせて組織を運用すること
イノベーションはそれまであった方法や常識をすてて新しい
価値観を創ること。


ここで、重要なのはその組織にとっての「顧客」が誰?という
ことをまず定義をすることである。
これをおこなわなければ、マーケティングをすることができない
顧客の定義は難しい、野球部にとっての顧客が誰であるかと
いうことに関して、主人公は悩む。
それは、ありきたりな考えはあてはまらないというマネジメント
の記述によるものだから、つまり野球をするということが
野球部の仕事であるということは答えではないということ
である。組織の仕事の内容が決まらなければ顧客は定義できない

主人公は周りの監督、キャプテン、後輩マネージャー
その他部員を使って、さまざまなマネージメントを行い
組織を強くしていく。
作中の「マネジメント」からの引用で気に入った文章をあげます。

・弱みがないということを評価してはならない、そのようなこと
 では、意欲を失わせ、士気を損なう。
 人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど
 新しいことを試みる。

・真のマーケティングとは顧客からスタートする。すなわち現実
 欲求、価値からスタートする。
 「我々は何を売りたいか」ではなく「顧客は何を買いたいか」を問う
 「われわれの製品やサービスにできることはこれである」では
 なく、「顧客が価値ありとし、必要とし、求める満足がこれである」
 と言う


物語自体も結構面白い。
最後は・・・・
posted by 空条錠太郎 at 01:41| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月14日

終戦の詔

8月15日は終戦記念日である。

この日、大日本帝国はポツダム宣言を受諾して
終戦の詔を発布した。


平成22年終戦記念日をむかえるにあたり、記す。


戦争は行ってはならない



日本は戦後、不戦を貫いてきた。
憲法に誓いをたて、いかなる戦争も行っていない
しかし同時に軍隊を創設し、軍隊を派遣し、軍隊を
行動させ、米国軍と協力している。
もちろん戦争しないための軍隊であると認識している
し、必要な部分もあると思っている。
だが、この状況下で日本が再び戦争行為に走ることの
可能性を否定することができるだろうか?

その可能性を拭うことのできる唯一の方法は国民一人
一人が戦争の恐怖を忘れないことだ
戦争を体験した国民はいづれいなくなる。
時がたてば痛みを忘れて行くのが人間だ。
その時に、もしかしたら戦争行為への言い訳を口にする
人間がいるかもしれない。
しかし、戦争行為には国を守る力はないどころか
国民を犠牲にすることしかできない。
戦争以外で紛争を解決することが国の、国民の義務だ
不戦を貫いて、未来にその意思を伝えていくことも
われわれの義務である。


どんなに戦争をわすれてもこの日だけは思い出そう
戦争はおこなってはならない
posted by 空条錠太郎 at 23:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

FMとかAMって何?

FM放送というラジオの種類があることは
皆さんご存じのことと思いますが、FMが
いったいなんのことか?わからないかたも
いらっしゃるのではないかと思う。
FM放送の仲間にAM放送というのがあって
なんか放送の種類というか、内容がちょっと
違うよなというくらい・・・・

FMとかAMというのは「変調」というもの
の違いを表わしています。
変調とは放送を電波に乗せて飛ばす時の
方式の違いです。AMは電波の大きさレベルを
大きくしたり小さくしたりして放送の内容を
運びます。
それに対して、FMは電波の周期(周波数)
を変化させて放送の内容を運びます。

ラジオ放送の内容は「音」です、音には高さ
と音の大きさという要素があります。
この音の高さは周波数、つまり音が空間を伝わる
周期の幅が長いか短いかで決まります。
音の大きさは音の波の振幅、つまりどのくらいの
大きさで空間を移動するかということで決まります。

この2つの音の要素を電波に乗せます。
FMは電波の周期を変化させるので、音の「大きさ」
「周期」によって電波の周期(周波数)が変化します。
電波の周期(周波数が)大きく変化すればするほど
大きな音が運ばれます、そしてちょっと表現が
難しいんですけど、その変化が速く変化するほど
高い音が運ばれます。
ちなみに電波の周期の変化の大きさは(変化の範囲)
は上限が決まっていて、FM放送の場合は75kHz
と規定されています。
つまり周波数は中心から上下に75kHz広がるのが
最大の変化ということなので、FM放送の1チャンネル
で使用する周波数の範囲は約150kHzとなります
(実際は(75kHz+変調周波数)×2)


これがFM放送の原理です。
受信機ではこの電波を復調(運ばれる為の変化を再現
して「音」に戻す)作業されて聞こえてきます。

更にステレオ放送では右と左の音の信号をいくつかの
信号に分けて送ります。

その辺はまたそのうち
posted by 空条錠太郎 at 01:28| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

ウオーズマンVSバイクマン

上海万博2010に行くの巻


・1日目
PM2時ころ上海着

寺に移動
詳細は覚えていないが、メインは貴重な
石でできた仏像。写真不可

ホテルチェックイン PM5時ころ
一応4☆らしい
しかし、中国らしく細かいところが微妙
部屋の間接照明器具1個壊れている

夕食 四川料理 からい
スープ以外はそれなり

その後 上海雑技団鑑賞
これが一番面白かった!!
はっきりって馬鹿にしていたけど
すごいクオリティ
ラストのバイク5台が球体の中を・・・


・2日目
AM7時半ホテルから万博へ
朝一で並ばないと悲惨らしい
入口のセキュリティーくぐるまで1時間
でもあまい、水分はNGと聞いていたが
何人か水PET持ち込み成功

そのまま中国館へ
SA3A0295.JPG

すごい人・・・
これでも予約しているらしいが、ほとんど
関係なさそう
SA3A0293.JPG

中国館は、はっきりってひどい
何がいいたいのか全然わからない
とりあえず、色々光っていた
あれは並んで観るもんじゃない

そのあと日本館
すごい人(3時間待ちらしい)
ピンクのブルマの家っぽいのがそれ
SA3A0300.JPG



しかし、中国はすごい
日本でやってもあんなに人来ないよな〜
11あるバス駐車場がいっぱいになる
食堂はどこもいっぱい(結局吉野家)


PM4時万博をあとにして屋敷観光
みんなへろへろのなかきっちり1時間くらい
かけてじっくりみた
ノド限界


夕食 上海料理
微妙
一通り微妙 辛くはない

その後(いい加減限界)夜景を見た
SA3A0308.JPG
とがってるビルは森ビルらしい

SA3A0303.JPG
よえん とかいう上海料理食べたところ
一番中国っぽかった


・3日目
お茶教室で一通り学んだあと
地下でお茶販売攻撃
(台湾行った時と同じ)

リニアモーターカーで空港まで数分
(時速430Kmくらいだったらしい、立ってたけど
 カーブで減速しないから遠心力で飛んできそうになった)


帰宅



中国は以前行った台湾とかなり似てる(当然だが)
交通事情、運転マナー、国民性
でも排気ガスは気にならなかった、しかも原付より
電動バイクがいっぱい走っていた


まあ、すぐ追い抜かれるね日本は
posted by 空条錠太郎 at 23:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

わが師の恩

一年ぶりくらいかな・・・・?

書くネタはあっても書く気にならない
そんな状況が続いていたけど・・・
書きたいことができた


俺の卒業した学校の創立記念の式典が
あって、自分たちが卒業時に埋めたタイム
カプセルが掘り出されるって言うんで
顔を出してきた。
時間に間に合わなくて、タイムカプセルの
中身はもらえなかったけど、久し振り
中学校卒業以来に当時のクラスメイトに
会えた。

帰宅して、小学校の卒業文集を見てみたら
側から卒業記念文集がでてきた。
この文集は当時のクラスメイトの有志が
その時々の作文をまとめて卒業後に制作して
くれていたもので、わざわざ自宅まで届けて
くれたことを思い出した。
読んでみると、それはつい昨日のことのようで
20年近くも前のこととは思えない。中学
にもなればひねくれていて、みんな俺も馬鹿な
ことを書いている。
でもそこには確かに中学生の俺が、その時が
刻み込まれている。
中学までの時代に特に大きな思い出もなかった
が、でもそれを読むとその日、俺が何を思った
か、俺が観た景色が目の前に蘇ってくるようだ
そんな不思議を感じた・・・

その文集の最後に当時の担任の女性の先生が書いた
後書きがあった。
そこにはこうある


早い人で・月・日から新しい道に進んで行く
○の△のみなさんへ
絶対くじけずに新しい生活でがんばってください
くじけそうになったり、捨てばちになりかけた時は
新しい環境に入ったその時の気持ちを思い出して
ください
”初心、忘るべからず”



俺には恩師はいないと思っていたし、この先生が
俺のことを覚えているかはわからない
でも
俺にとって、この人は先生だったんだと思った


この文集はわら半紙で出来ていて、ぼろぼろに
なってきているけど、この先も大切にしたいと
そう思った。
posted by 空条錠太郎 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

あけましておめでとう御座候

本年もよろしくお願いいたします


1日がすぎると、あっというまに
年末です

すでに憂鬱です



今年の目標(マニフェスト)
・消防設備士(乙4類)取得(受験2回目)
・2級電気工事施工管理技士(たぶん無理)
・運転免許更新(優良)
・旅行4回
・怪我しない(昨年末から右手親指付近痛い)
・遅刻しない(2分前集合)


皆様、本年もよろしくお願いします
posted by 空条錠太郎 at 13:53| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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