2013年07月21日

何も足さない、何も引かない

今日は、参議院議員通常選挙の投票日です。
自民党の圧勝が予想される昨今、国会の捻じれは解消され
必要な政策が実行されると、叫ばれている。
そんな中、自民党の政策の目玉の一つに「日本国憲法改正」がある。
しかし、憲法を変えるということのリスクについては、よく考えた
ほうがいいと思う。
どの政党が改憲しようとしても、メリット、デメリットがある
と思うが、現在改憲を公に示している自民党案を見てみる。

自民党憲法草案
(平成24年4月27日決定)

■語彙の変化
 現在の憲法と自民党草案を比べてみると、その細かい語彙の変化が目につく。
 (現)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の助言と承認を必要とし
  内閣がその責任を負う」
 (案)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の進言を必要とし
  内閣がその責任を負う」

 (現)
 「国民の権利に関しては公共の福祉に反しない限り・・・」
 (案)
 「国民の権利に関しては公益及び公の秩序に反しない限り・・・」

 このような語彙の変化はその他にも散見し、しかもそれがさも重要でない
 かの如く、変更されている。
 しかし、解釈が重要になる憲法の条文で、このような微妙な語彙の変化に
 対して、何の説明もないとすればそれは危険である。
 (前文の後に「語彙の定義」を行うとか、説明と定義を行うべき)
 一見問題なさそうな表現の変化にどのような思惑があるか、それを見抜ける
 国民がどれだけいるだろうか。
 特に「国民の権利」に関する条項には最大限の目配りをしなければならない
 「公益」に反しない限りと表現が変わってしまったら、それがどんな
 事態を招くか、公益という概念はその時の政府の意思によって容易に変化
 してしまう。「国体」に反しない限りと「解釈」される日が来ないとは保障
 できないのである。

■国民の権利
 関連してやはりこの条項が怪しい。とにかく微妙に変化している。
 前述したように、権利条項は「公益」の名のもとに制限が加えられていく
 可能性が大である。そのあとに続く「公の秩序」などは、いかようにも解釈
 可能である。戦前の公の秩序が何であったか、それを思えばもはや権利条項は
 旧帝国憲法のレベルにまで落ちて行ったといわざるを得ない。
 又、これも語彙の変化であるが。「侵してはならない」⇒「保証する」との
 変化が権利条項で散見される。
 保証するとは聞こえがいいが、これでは「政府」が国民に「与える」という
 意味になってしまう。これは大いなる間違いである。
 権利は国民の不断の努力により勝ち得た「生れながらの権利」なのである。
 なんとなれば、「政府は、この権利類を「侵せませんよ」と国民が宣言する」
 重要な意味を有しているのである。この語彙は死守すべきと思う。
 そして、一番の疑問は「なぜ、自民党は国民の権利規定に手をつけたがっている
 のだろうか?」ということである。
 単純にそれがわからない。意味がわからない。

■改正
 これについては以前にも、ブログで論じたが、この規定改正こそが最も恐ろしい
 改正内容であることは、言うまでもない。
 法律とほぼ同じ条件で国会が発議できるということは、政権与党の思惑でいくら
 でも改正が可能ということを意味している。
 憲法は法律とは違う、「権利を保証し、国を規定する」章典なのである。
 それを改正するということは、万に一つ「国民の権利」に「国の在り方」に不測の
 事態が起きた時だけである。その時は総議員の2/3の賛成も自然に獲得できるし
 そのぐらいの状況でなければ「変えるべきではない」と考えなければならない。

■第9章 緊急事態
 この規定は、緊急事態を宣言した(宣言の権能は内閣総理大臣)場合に国民の権利規定
 を「保証する」から「最大限の尊重」に格下げさせることが可能というとんでもない
 条項である。しかも、基本的人権以外の権利はほぼ無視され、政府の指示に従えという
 それこそ戦前の勅令を思い出さざるを得ない、恐ろしい規定である。
 そしてこの緊急事態中、内閣(行政権)は法律制定権(立法権)を持つことができる
 となっている。
 もちろんこの立法権による政令の効力は事後に国会の同意がなければ消滅するとある
 が、事後の国会合意とはいったい何時されるのか?甚だ疑問の残る危険な規定である。

■第2章 安全保障
 最後に、この規定に触れないわけにはいかない。
 やはり、国防軍は釈然としない。自衛隊で何がいけないのかをまず論理的に説明して
 ほしい。そして第9条の二の3には「・・・国民の生命若しくは自由を守るための
 活動を行える」と規定されているが、これは具体的にどのような活動なのか?
 国民の生命の名のもとに武力発動が安易におこなえるという自体にならないという
 補償はあるのだろうか?これも語彙の定義のあやふやさが気になる点の一つである。
 そしてこの章で最も不可解なのは「軍事裁判所の設置」である。
 なぜ、国防軍人のみが特別の裁判所で裁かれなければならないのか?全然理解できない。
 国防軍は統帥の独立下にあるわけではなく、行政権の内閣の指揮下にあるという
 ことではないのであろうか?

キリがないので、とりあえずこの辺でやめておくが、はっきりってこの草案は
改悪である。もちろんところどころ条文は整理され、法学的には非常に読みやすく
あいまいな点も明確にされ、いいところもないとは言わないが、そんなものは
特に変更しなければならない必要性を(2/3以上の賛成が得られる)感じられ
るものではない。
そもそも、現在の憲法を改正しなければならない理由が本当にあるだろうか?
私には、あるとは思えない。
改正の内容よりも先に「改正がどうしても必要」であるという説明が必要である。
「他国が作ったからいや」というつまらない理由で大切な権利規定を平和規定を
変更させるわけにはいかないのである。
posted by 空条錠太郎 at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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