2012年09月02日

仕事の原理

原子力発電所にはもううんざりですという意見をよく耳にします。

安全だって言っていたのに、だまされた。
こんな危険なものはもうたくさん、未来の子供たちにこんな負の
遺産を残していいのか?
原子力発電はゼロだってきっと、うまくやっていける。
ゼロだって、節電して行けば今だって全然問題ないではないか?


皆さんは、エネルギーってどういうものだと思っていますか?
何となく、よくわからないけど発生して、お金払って電気つけて
お米たいて、洗濯して、テレビ見て、インターネットする。
あんまりよくわからないけど、でも安全なエネルギーがいい。

人間が10km歩くのは結構大変だ!!
私の今の住まいから会社までは約10km、毎朝車を運転して出社
していますけど、毎朝歩くっていったら、いやだなぁ。。。
健康のために自転車で行こう、いいことだ。
でも。。。20kmだったら?
自転車なんだ、俺は、何があっても。とはいっても、せいぜい時速
20kmくらい?(自転車乗らないからわかんないけど)
1時間か。。。信号待ちとか、大雨とか、雪とか。

でも、電車で行ったら?
駅まで徒歩5分とかだったら、電車で一駅5分。
正味15分くらいか、全く疲れないし。やっぱり電気はすごいなあ。

でもなんか変?
なんだろう、この微妙な違和感は。

人間は本来自分の足で歩いて移動していた。自分の手で洗濯していた。
自分で会って伝えていた。
この不便さを解決したのが電気・エネルギー(燃料による)だった。
今の文明を支えているのは電気・エネルギーなんです。
でも、大半の人は(俺も)そのありがたみをわかっていない。
いや、ありがたいみというより、エネルギーが何か?あまりにも
わかっていない。いくらなんでも、ちょっとひどいと思う。

さっきわざとらしく例を挙げたけど、人間の不便さを、本当は人間が
苦労して、めんどくさいことに向き合う、生きるための必然に対面する
必要があるのに、それに背を向けてエネルギーにそれを代行させている。
それなのに、原子力発電は、ただただ「いや」という。
もちろん、原子力発電ははっきりと、いきずまりがわかっている方法
不安定な、危険な発電方法だということは言うまでもない。
それを自分の子供たちの世代に残したくないという、それはわかる。

でも、今、原子力発電なしで停電せず、何とか文明の生活を送れるのは
火力発電のおかげです。
電気自動車でエコだと言っても、電気自動車は充電しないといけません
充電には電気が必要です。その発電には結局CO2がつきものです。
皆さんは覚えていますか?
3.11以前、火力発電は「CO2削減」という目標のために風前の灯
原子力発電こそ地球温暖化を救う未来の発電方法と言われていたことを。
発電方法が火力メインに戻った今、この問題は議論されているんでしょうか?
たぶんされてはいると思うけど、あんまり聞かない気がする。
タブーになっている気がする。
「原子力は嫌」
ということだけが先行して、まわりが見えていない。
目の前の汚染は怖いけど、50年先は仕方ないってことなんでしょうか?


私は思います。
結局、問題の先送りをしてきたこと自体に問題があるのだと。
「原子力による汚染(事故時の問題と使用済み核燃料の問題)」
「地球温暖化の問題(火力発電によるCO2排出)」
この2つは以前から、どちらをとってもいきずまっていたということです。
どちらか?ではなく、どうしたらいいんだ?だったのです。
本質は「エネルギーに頼った文明生活はどのようになるべきか?」
だったと思います。

最初に書きましたが、エネルギーは人間の怠慢を、欲望を埋めるために
開発された(発見された)手段です。今の文明社会に無くてはならぬもの
です。しかし、その先は見えていると思います。いきずまっています。
このままいけば、どのみち電気に頼った文明生活が続けれるかどうかは
難しいのではないかと思います。
そう考えた時に、「原子力が怖い」という目の前の情報に踊らされて
わきめもふらず原子力発電所を廃炉にしていくことに意味があるのでしょうか?

じゃあどうしろと言われても、偉そうにこんなに書いているくせに、解決策は
私にはわかりません。
新しいエネルギーを見つける?
でも、お気づきだとは思いますが、エネルギーは何かを犠牲にして成り立つものです。
安全で、永遠なんていう都合のいいものが、はたして人間の代わりに仕事を
してくれるでしょうか?
それでも、知恵を出すしかないと思うのです。
解決可能な問題はこの世には少ししかないと思います。ほとんどのことは解決不能
です。そのうちの一つだと思うのです。

問われています。人間の文明社会に対する考え方が。
もう先送りはできないと思うのです。

※原子力発電所事故で大変な思いをされている方にお見舞い申し上げます。
 直接被災していない私が、このようなことを書くことをは申し訳ないと思いましたが
 一つの意見としてご容赦賜れればと存じます。
 原子力発電は危険であることは本文でも記載しました。
 それを否定するものではないことも、最後に再度申し添えます。
posted by 空条錠太郎 at 04:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/289772925

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。