2013年11月17日

奈良に行ったなら

日本古代史が好きな私にとって、奈良は歩くだけで
楽しくなる。
場所場所の由来に思いをはせながら、今年の9月に
2泊で行ってきました。
主に巡ったのは奈良県明日香村。

目的は「天皇陵巡り」
我ながら渋いにゃ。

■文武天皇陵
 一発目。飛鳥駅より徒歩15分くらいか?私は駅前でレンタ
 サイクル借りたので、一気にと思ったのだが、このあたりは
 丘陵地帯のようでほとんど歩いていた。
 でも、そのあとの移動には自転車必須です。
 陵自体はどれもほとんど同じ外観。
 ↓こんな感じの看板が陵ごとにあるので、目印になる。(陵名のみが違う)
 DSC_0034.jpg
 ・みだらに境内に立ち入らぬこと
  いるんだろうね。境内の写真は「神武天皇陵」のところで載せますが
  ほとんどどの天皇陵も同じです、規模は違うけど(神武が一番立派だった)
 ・魚鳥等を採らぬこと
  鳥はいるとしても、魚がいそうな陵は見なかったな。まあ、陵の数は
  まだまだあるからそういう場所もあるんだろう。
 ・竹木等を切らぬこと
  竹やら木の生い茂った場所にあることが多いので、一番効果がありそう。

 三連休だったので一応観光客が来ていたが、一般人来ても観光にはならんね。

■天武・持統天皇陵
 この陵は合葬です。
 幹線道路沿いの少し小高い丘の上にある、階段を20段くらい?昇ります。
 この陵は陵自体(陵の外観には神武天皇で画像載せますが、そんな感じの
 鳥居のようなものが建っている)つまり納められている場所(古墳?)の
 外観が周れる。歩くとすぐグルッと古墳の周りを周るかんじ。

■欽名天皇陵
 住宅街の奥にひっそりとある。
 この天皇のことはほとんど知りません、場所もひっそり。でも規模は
 他の陵と変わりなく。この雰囲気がすきなんだよね。

■神武天皇陵
 いわずとしれた天皇家の始祖、初代天皇。
 この天皇陵だけその外観を撮影させていただいた。
 DSC_0047.jpg
 鳥居のようなものの奥に埋葬されているそうです。木々に覆われた古墳の中
 にです。
 この陵は事務所があり、この事務所は「宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所」
 と称されておりました。この辺の天皇等陵墓を管理しているそうです。
 ↓一応これは同じ初代でも。
 DSC_0051.jpg
 飛鳥駅より離れて、隣駅まで自転車で移動しての訪問、自転車正解。
 ちなみに陵だけ訪問していたわけでなく、博物館やら古墳やら飛鳥寺やら
 色々見ましたが割愛です。1日では結構忙しいスケジュール。

■綏靖天皇陵
 2代目です。
 何でも2代目が大変。
 いや〜影薄い。陵は神武陵の近く。こじんまり。

■懿徳天皇陵
 4代目です。
 ここからは自転車を返して、電車で移動。そんなに離れていないの
 だが、どうしても自転車で行けそうにない。なんでだったのか?
 道が見つからないんだよね??
 陵自体は訪問中一番、住宅街のど真ん中。駐車場の隣にあります。
 でも風格があるんだよね・・・何だろうね?
 しかもどの陵もそうだが白砂利が綺麗に掃き清められていて、多分
 さっきの事務所の職員(宮内庁の国家公務員さん?)が毎朝掃いて
 回っているのだろう。ごくろうさまです。

■安寧天皇
 3代目です。
 一番迷った。
 今回ネットで入手した愛好家の方の地図を印刷して行ったのだけど
 この陵は迷った。
 結局たどり着いたけど、やっぱり見た目は同じ。

結局都合7陵巡った。
総じて言えることは、どれも同じ。もちろん同じでなければならん
のでしょうね。
内部がどうなっているかはもちろん誰にもわからない(のか、宮内庁の
役人になるとわかるのか)いづれにしても天皇家の権威を世に知らしめる
ためには必要なツールの一つなんでしょうね?
8代目までは実在してなかったということが一般的な学術的な結論らしい
し、何にも入ってないのかもしれませんが。
どちらにしろ雰囲気はいいんだよね、厳かな雰囲気。

これからも機会があったら巡りたいですが、数が多いのは京都なのかな
平安時代からは京都か。
いどれそのうち機会があったら。
posted by 空条錠太郎 at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月03日

やればできる

なんてこと言えませんけどね。

やらないよりは、やったほうができる可能性は高いと
一般的には言える。


くらいですかね。


さて、久し振りに書く内容が思いつかない。
でも、日常であまり人と話さないので、書くことで
発散しにゃいと。

仕事の大き目な工事が来週控えていて、昨年から準備
してきたのでちょっと緊張している。
色々準備実験もしているので、問題はないはずなのだが
やっぱり緊張してきた。久しぶりに緊張。
たまにはこういう緊張しないといけないなあ。

仕事の大きめな現場が先週終わって、ひと安心。
この仕事は責任者ではないけど、一つの役割を任されて
いるから、しくじれないという点では同じ。
責任者の上司は俺の練習にいっぱい付き合ってくれて
ほんとうにありがとうございました。
いつも感謝しています。

転職してから、2年弱。
いろんなことがあるけれど、周りの皆さんのおかげで
何とかやっている。
自分一人では決してできないことも、みんなで力を
あわせれば、きっとできる。
posted by 空条錠太郎 at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月28日

まだまだ試行錯誤

最近何かと政治色の強い記事ばかりになってしまって
ちょっと反省と言うか、フライングゲット。

2011年に、もしかしたらブログにも書いたかも知れない
けれど、浜田省吾のコンサートツアーがあって、3回行った。
あのころはまだ2〜3か月しか経過していなかったのだけど
なんか、既に震災のことよりも目の前のコンサートのすごさ
楽しさしか覚えていない。

3回が3回当然だけど、ほとんど同じ内容だったけど毎回
新鮮だったし、当時は本当に一期一会のように覚えていない
ことが多くて、興奮して覚えていないんだと思うけど・・・
やっぱり生のコンサートはすごいな、DVDの映像作品も
悪くない、でもそれはあくまでコンサートを切り取った「画」
であって、生のコンサートは自分が観たものが全てだから
品質の違いじゃなくて、全く別物と言う感じ。


彼の音楽を今の時代に、だれが受け継いでいるのかというのは
ちょっと難しい。いわゆるプロテストソングを今の若い人が
高らかに歌うのは時代的に難しいのかな。
でも、やっぱり歌わないといけないジャンルだと思うんだけど
夢や希望を歌ったり、難しい曖昧な詩を綴って、クールさを
前面にだすのもいいけど、それだけで歌を歌うことの必要性に
応えられているのか疑問。
いや、世の中の若い人たちもアングラではそういう歌を歌って
いるのかもしれないけどね、マーケットがそれらを受け入れない
ということなんだろうか?
何しろ、売れては消えの繰り返し、大量生産の世の中になって
しまって、特に内容は一般的なものになりがちなのは仕方ない。
でも、時代を俯瞰して、それを皮肉るような歌を「たまには」歌う
こともいいのじゃなかろうかと、思わせる。
売れないのはわかりきっているけどさ。
ある程度実力付いてきて、余裕が出てきてからでもいいからさ

それにしてもHDDレコーダーが不便。
チューナー1個だし、EPGに追従しないし。
DVDは読み込まないし。
そろそろ買いどきなのかな。
posted by 空条錠太郎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月21日

何も足さない、何も引かない

今日は、参議院議員通常選挙の投票日です。
自民党の圧勝が予想される昨今、国会の捻じれは解消され
必要な政策が実行されると、叫ばれている。
そんな中、自民党の政策の目玉の一つに「日本国憲法改正」がある。
しかし、憲法を変えるということのリスクについては、よく考えた
ほうがいいと思う。
どの政党が改憲しようとしても、メリット、デメリットがある
と思うが、現在改憲を公に示している自民党案を見てみる。

自民党憲法草案
(平成24年4月27日決定)

■語彙の変化
 現在の憲法と自民党草案を比べてみると、その細かい語彙の変化が目につく。
 (現)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の助言と承認を必要とし
  内閣がその責任を負う」
 (案)
 「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の進言を必要とし
  内閣がその責任を負う」

 (現)
 「国民の権利に関しては公共の福祉に反しない限り・・・」
 (案)
 「国民の権利に関しては公益及び公の秩序に反しない限り・・・」

 このような語彙の変化はその他にも散見し、しかもそれがさも重要でない
 かの如く、変更されている。
 しかし、解釈が重要になる憲法の条文で、このような微妙な語彙の変化に
 対して、何の説明もないとすればそれは危険である。
 (前文の後に「語彙の定義」を行うとか、説明と定義を行うべき)
 一見問題なさそうな表現の変化にどのような思惑があるか、それを見抜ける
 国民がどれだけいるだろうか。
 特に「国民の権利」に関する条項には最大限の目配りをしなければならない
 「公益」に反しない限りと表現が変わってしまったら、それがどんな
 事態を招くか、公益という概念はその時の政府の意思によって容易に変化
 してしまう。「国体」に反しない限りと「解釈」される日が来ないとは保障
 できないのである。

■国民の権利
 関連してやはりこの条項が怪しい。とにかく微妙に変化している。
 前述したように、権利条項は「公益」の名のもとに制限が加えられていく
 可能性が大である。そのあとに続く「公の秩序」などは、いかようにも解釈
 可能である。戦前の公の秩序が何であったか、それを思えばもはや権利条項は
 旧帝国憲法のレベルにまで落ちて行ったといわざるを得ない。
 又、これも語彙の変化であるが。「侵してはならない」⇒「保証する」との
 変化が権利条項で散見される。
 保証するとは聞こえがいいが、これでは「政府」が国民に「与える」という
 意味になってしまう。これは大いなる間違いである。
 権利は国民の不断の努力により勝ち得た「生れながらの権利」なのである。
 なんとなれば、「政府は、この権利類を「侵せませんよ」と国民が宣言する」
 重要な意味を有しているのである。この語彙は死守すべきと思う。
 そして、一番の疑問は「なぜ、自民党は国民の権利規定に手をつけたがっている
 のだろうか?」ということである。
 単純にそれがわからない。意味がわからない。

■改正
 これについては以前にも、ブログで論じたが、この規定改正こそが最も恐ろしい
 改正内容であることは、言うまでもない。
 法律とほぼ同じ条件で国会が発議できるということは、政権与党の思惑でいくら
 でも改正が可能ということを意味している。
 憲法は法律とは違う、「権利を保証し、国を規定する」章典なのである。
 それを改正するということは、万に一つ「国民の権利」に「国の在り方」に不測の
 事態が起きた時だけである。その時は総議員の2/3の賛成も自然に獲得できるし
 そのぐらいの状況でなければ「変えるべきではない」と考えなければならない。

■第9章 緊急事態
 この規定は、緊急事態を宣言した(宣言の権能は内閣総理大臣)場合に国民の権利規定
 を「保証する」から「最大限の尊重」に格下げさせることが可能というとんでもない
 条項である。しかも、基本的人権以外の権利はほぼ無視され、政府の指示に従えという
 それこそ戦前の勅令を思い出さざるを得ない、恐ろしい規定である。
 そしてこの緊急事態中、内閣(行政権)は法律制定権(立法権)を持つことができる
 となっている。
 もちろんこの立法権による政令の効力は事後に国会の同意がなければ消滅するとある
 が、事後の国会合意とはいったい何時されるのか?甚だ疑問の残る危険な規定である。

■第2章 安全保障
 最後に、この規定に触れないわけにはいかない。
 やはり、国防軍は釈然としない。自衛隊で何がいけないのかをまず論理的に説明して
 ほしい。そして第9条の二の3には「・・・国民の生命若しくは自由を守るための
 活動を行える」と規定されているが、これは具体的にどのような活動なのか?
 国民の生命の名のもとに武力発動が安易におこなえるという自体にならないという
 補償はあるのだろうか?これも語彙の定義のあやふやさが気になる点の一つである。
 そしてこの章で最も不可解なのは「軍事裁判所の設置」である。
 なぜ、国防軍人のみが特別の裁判所で裁かれなければならないのか?全然理解できない。
 国防軍は統帥の独立下にあるわけではなく、行政権の内閣の指揮下にあるという
 ことではないのであろうか?

キリがないので、とりあえずこの辺でやめておくが、はっきりってこの草案は
改悪である。もちろんところどころ条文は整理され、法学的には非常に読みやすく
あいまいな点も明確にされ、いいところもないとは言わないが、そんなものは
特に変更しなければならない必要性を(2/3以上の賛成が得られる)感じられ
るものではない。
そもそも、現在の憲法を改正しなければならない理由が本当にあるだろうか?
私には、あるとは思えない。
改正の内容よりも先に「改正がどうしても必要」であるという説明が必要である。
「他国が作ったからいや」というつまらない理由で大切な権利規定を平和規定を
変更させるわけにはいかないのである。
posted by 空条錠太郎 at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

やらせはせん、憲法の栄光はやらせはせん。

時の政権、その中枢、多数与党、その中心にいて
国家の権力を掌握する存在。
そのような地位にある人間が、議会の両院でまさに
大多数の「数」を背景に、立法の力を手中に収めようと
している時。
そのような時、必ず口にする政策の一つが「憲法改正」
という、過去誰もが成しえなかった、そのパンドラの
箱を開けるがごとく所業なのである。

日本国憲法はその96条で改正に関して、以下のように
定めている。
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、
国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票
において、その過半数の賛成を必要とする。

条件は2つ。1から2という段階を踏む。
1.「両院の総議員」の2/3以上の賛成で国会が国民に提案する。
2.提案を受けた国民は、承認するか否かを選択する。
  (国民投票により過半数の賛成で承認とみなされる)

まず、1の時点で不可能に近い。
この規定に「衆議院の優越」は適用されない。
つまり、衆議院の可決が国会の議決ということにはならない。
国会の議決は「衆議院」「参議院」両方の「総議員」の2/3以上
の賛成を必要とする。
2/3という数だけでもものすごい。阿部のみくすで大人気な現在の
衆議院でさえ、自民党単独では2/3いっていない。
そのうえ、この議決には「総議員」の参加が必要なのである。
通常、法律の改正では「出席議員」の1/2の賛成が必要というもの
で、野党が「俺は気にくわないから欠席する」といっても
痛くもかゆくもない。出席している与党議員で採決してしまえば
いいのであるから。
しかし、総議員での採決が必要と言うことでは、もう全員説得する
必要がある。こんなことが果たして可能なのかと、そして「たった」
1/3の少数派の反対で「改正できない」この規定に民主主義の原則が
適っているのか?そう言うのである。
そしてこの96条を改正して、憲法改正しやすくしようというその現在の
権力者の勘違いぶりが見ていられない。

憲法は法律とは違う。ハッキリ言って、憲法に多数決の民主主義
原則はあてはめられない。
民主主義は多数優位原則を唯一の原則に成り立っているのではない。
多数優位原則は民主主義の方法論の一つであって、それがすべてではない
「憲法」という特殊な法典にあっては、その適用を免れるべきなのである。
その理由は、憲法典は「人間の権利、生命、自由」といった個人個人の
存在に係る自然権が明文化されている(更には下位の法律でそれらを侵害
できないようにする)という特殊な「人権の砦」という役割をはたして
いるということ、から言えるのである。
国権に関しての規定も、人間の生存権に深くかかわる。行政権の拡大、
司法の軽視、国会の形骸化。それらはすべて国民の人権に跳ね返ってくる。

憲法に手をつけてはならないという「原則」を変えてはならない。
もちろん、その緊急事態にあって、その変更をすることが唯一国民の生命
権利に有効な手立てであるという絶対的理由が発生すれば、その時こそ
国会と国民自身がその改正に対して議論し、そしてその改正を国民が
自分の意思で行うということが「自然の流れで」おこなわれるだろう。
そう、国会の提案は、国会から国民に行われるのではない、世論が国会に
行わせる、のである。
そのような緊急事態に、国会は一体となって議論することによって世論
を説得し、総議員による2/3以上の賛成という「軌跡」を起こすことが
憲法改正の唯一の方法であるべきなのである。


尚、国会の発議後の「国民による投票」は個人的には形だけの投票
であると考えている。
その理由は前述のとおりである。
posted by 空条錠太郎 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

3.11を思う

2011年3月11日

それは、日本国存亡の危機が訪れた日。


あの日、地震が、津波が、そして原子力発電所の事故が
この国を襲った。
天災、そして天災が引き起こした「原子力発電所事故」という
明白な「人災」

原子力発電所は、あの事故以来、稼働するかしないかでこの国を
二分している。
被災地のかたは計り知れない恐怖と不安にさいなまれている。
原子力発電は、もうたくさんだと。
国の安全政策は信用できない。
そんな気持ちでいっぱいだろう。

しかし、以前のブログでも書いたとおり、ヒステリックに
(大変失礼な言い方だが)ただ、原子力発電は停止するべきと
「今更」言うわけにはいかない。
それは、我々にも責任があるということ、それは以前にも論じた。
我々が欲した、全てではないが、しかし少なからず我々は欲したのだ
便利を、興奮を、充実を、そして「安全」までも。
それらの大部分は、文明、電気による文明で補われているのである
そして、電気の大部分は原子力発電が担っていたし、これからは
更にその役割を負担されていくはずであった。


原子力発電は本当に効率がいい。
何をもって効率を定義するかは、もちろん1面だけでは論じれないが
費用対効果に関しては、本当に効率がいい。
火力、風力、自然発電。そのどれもが大量の燃料を必要としたり
気まぐれな自然の力をあてにしたりと、非効率、非安定的。
だから、その側面では、今の段階でこれをやめるわけにはいかない。
それは、もう論じるまでもない。
一部の方は、それでもやめるというだろう。
そこまでして、原子力発電に頼ってまで、文明を存続させる必要が
あるのかと、そういうかもしれない。
しかし、短絡的に「ただ止める」といって、今の文明を放棄するのは
あまりにも無責任だ。我々には、文明を欲してしまったという責任が
ある、投げ出せれない、逃げるわけにはいかない。

だが、原子力発電は危険である。
もっともリスキーな方法である。最も効率的とは裏を返せばもっとも
リスキーであるという。
そして、核燃料の処分を考えれば、地球環境にも火力発電のCo2排出
と同じくらい、それに対する影響も大きい。
「永遠に地球上でおこなうわけにはいかない方法」であることは確かだ。
さらに短期的に見れば、本当に安全が確認されたと言えるのか疑問だ
設備の安全性についてもそうだが「運用」「非常時の対応」に関しては
本当に政策が講じられたのだろうか?
緊急時に原子力発電所をサポートする体制。物資の輸送、電源の供給。
想定されない状況を想像力が働く限り絞り出して、ありとあらゆる状況
を想定した、マニュアル作り。
そして一番大事なことは、設備は壊れる、想定も覆る、人は疲弊する。

このような状況は必ず起こるという「危機意識」それが最後の砦なのである。

この事故が起きた時、政府の高官は「国家の存亡」「天皇家の存続」
「首都機能の移転」それらについて最悪の事態を想定して考えざるを
得なかったと証言していた。これは衝撃である。
このような危機が、過去にもあった。しかもそれは皮肉にも今回の事故と
同じく「原子力」によってもたらされていた。
「原子爆弾」その爆弾は2発、有史以来日本にのみ投下されている。

その危機を先人の血と汗と、知恵で乗り切った後、そこに一つの誓いが
残されている。その誓いを我々は、裏切ってしまったのである。
その根本はおごりと、絶え間ない欲求によるものであることを思うと
やるせない気持ちと無力感に苛まれるのである。

「安らかに眠って下さい。二度と同じ過ちを繰り返しませんから」
posted by 空条錠太郎 at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月11日

無線局の検査制度

無線局の検査制度については、過去何度か書いたことが
あったと思う。
無線局の検査には「落成検査」「変更検査」「定期検査」
「臨時検査」の4種類があって、このうち「臨時検査」を
除いた3種類の検査に「登録検査等事業者制度」が利用可能
になっている。

一昔前まではこの制度は「登録点検事業者制度」と呼ばれて
広く利用されていた。
平成22年に電波法体系が放送法と同時に大きく改変されて
それにともなって、無線局の検査制度にも変更が加えられた。
その一部が「登録検査事業者制度」である。
従来の点検事業者制度では、民間の登録された事業者が無線局の
「点検」を行うことができる、とされていた。
この「点検」とは無論、無線局の点検を行える、ということで
あるが、あくまでおこなえるのは「点検」であって、それは
忠実に無線局の状態を点検して、無線局の免許人に通知する
というものであった。言い換えれば、点検事業者には判断する権限は
無いということであり、あくまで判断は点検結果を免許人より
受領した「国家(総務大臣等)」が行うという点は、点検事業者
制度発足前の官憲による検査制度と変わりはなかった。
(点検は民間、判断(判定)は国家という役割分担ともとれる)

しかし、検査事業者は題目通り「検査」を行うことができる。
この場合、検査とは「点検」と「判定」という二つの区分に分ける
ことができる。
「点検」とは従来通り無線局の状態を確認する作業であり
「判定」とはその結果を法令に照らして、合致しているか否かを判断する
作業である。
つまり、従来官憲が行っていた、判断作業も民間事業者が行うことが
できるというものである。

検査事業者に登録されるには点検事業者に登録されるよりもレベルの
高い基準が求められる。
その意味は、検査まで行わせるにはより強い社会的責任と、知識技術能力が
担保されなければならないという現れである。
第一に、登録時に役員の経歴や、組織の謄記に係る書類の提出が義務づけられる
そして判定を行うことができる「判定員」の要件には、点検を行う資格者である
「点検員」よりも厳しい資格が求められるのである。
そして、検査事業者には登録の期限が設けられていて、その期限は政令で
「5年」とされている。この期限到来時までに「更新」を行わなければ、登録は
失効する。

さて、前述の検査であるが、どんな無線局にもどんな検査種別にも行う
ことができるのかというと、そうではない。
検査可能なのは「人の生命又は身体の安全の確保のためその適正な運用の
確保が必要な無線局以外の無線局」であって、なお且つ「定期検査」に
限って検査を行うことができる。
この「人の生命又は身体の安全の確保のためその適正な運用の確保が必要な
無線局」とは「基幹放送局」「航空機局」等々、従来から重要とされてきた
無線局である。※登録検査等事業者等規則15条に列記
これらの無線局には検査を行うことはできず、従来通り点検を事業者がおこない
国家が判断するという手順を踏むことになる。
検査の方法も規定されている。点検結果を法令に照らしてそれが法令に適合
しない場合「否」と判定し、工事設計が法令に適合しない場合「不適合」と
判定するということが、判定の方法である。
つまり、判定とは机上で行うことをさしており、もちろん判定員は法令の規定
(無線従事者の資格要件や、備え付けるべき書類(省略が可能な条件に関して
 も)、無線設備の特性に関する許容範囲等々に関して熟知する必要がある。
後述の検査結果通知書には「検査年月日」の記載欄があるがこの日付は「判定を
行った日」を記載することになっている。
尚、判定員は点検員を兼ねることが可能である。(上位資格)

「検査」をおこなった検査事業者は「検査結果証明書」を免許人に発行する。
この証明書を受領した免許人は総務省に対して「無線設備等の検査実施報告書」
を提出する。この書類の内容に「否」が1項目もなく、尚且つ工事設計が合致
している、ことが確認されると、免許人に対し「無線局検査省略通知書」が発行され
定期検査が省略される。※電波法施行規則39条2項


このように、無線局の検査制度は民間事業者への「委託」から権限の移行まで
行われており、当然それにともなって、民間事業者の社会的責任も大きなものに
なってきている。点検のみに関しても同じことが言えるが、この制度の根幹に
あるのは民間事業者のモラル、コンプライアンス意識であって、これを踏み
にじれば、一昔前取り沙汰された「確認申請制度」の二の舞を招きかねないことは
プロである事業者、判定員、点検員一人一人が強く意識すべきである。
また、行政は事業者に対しての監視や、啓蒙を怠ってはならないのであって
「民間にお任せ」という安易な考えは危険であり、積極的に「現場」を理解する
ことが重要になってくることは、自明であると言える。
posted by 空条錠太郎 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 資格 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

2月の1日から2日にかけて1泊で旅行というか骨休めに
行ってきた。
毎年の恒例温泉宿に一泊し、かつてから行きたかった神社に
参拝した記録である。
なお、読んでも面白くないかも知れませぬ。
(身も蓋もないけど、他人の旅に興味ないでしょ)

2月1日
前日(1/31)夜、仕事終りに空港近くに移動。前泊する。
そうしないと時間的に厳しい可能性があった。
1日朝空港に向けて出発。
空港までは電車(第三セクター?)
これが信じられない高額運賃。わずか6駅程度の区間で時間も
20分程度なのに、600円くらいする。
羽田のモノレールのほうが、利便性もよく、距離も長いと思うが
金額的には安かったと思う。

大分までは乗継が必要。
乗継時間含めると空港〜空港で4時間くらいかな。
羽田から行っていた時に比べると、やはり遠い。乗り継ぎが
うまくいくと(帰りは乗継30分だった)もう少し早い。

大分からは、高速バスで温泉街まで1時間くらい。
宿には最寄駅からタクシーで1000円くらいだが、送迎してくれると
最高なんだが・・・それだけが毎回悔やまれる。それ以外は
後述するが最高。

宿は、離れ(1軒屋)が8軒くらい(増えた)で1軒に一組
基本的には2部屋で内風呂付き。
今回泊まった部屋(棟が正解なのかもしれんが、便宜的に部屋とします)
は2階建てで1階が居間+風呂(トイレ)で2階が寝室(トイレ)
という間取り。
DSC_1458.JPG
DSC_1445.JPG
以前(3回目)泊まった部屋も、今回と同じ間取りと平屋で1階に
居間と寝室、風呂という部屋に1泊づつしている。
広さはどこも同じ程度だと思うが、趣向は全室違っていて、和室
モダン和室、韓国風の内装など、お風呂も岩風呂やヒノキ風呂等
色々な趣向が施されている。

内風呂のほかに共同外風呂(貸切)が2つある。
室内と露天の2つが、それぞれ備え付けられている。
私は片方にしか入ったことがないのですが、入ったほうはかなり広い
(浴槽は石風呂で多分5人は一度に入れるくらい)


特筆すべきは食事である。
【夕食】
創作和食という分野らしいが、地の食材を使った基本的な和食
にジャンルにとらわれない創作っぷりが最高。
私の中のランキングは
1位 豊後牛の西京焼き(豊後牛は必ず出るが、前回は溶岩焼き)
2位 地鳥団子鍋(毎回必ずでる定番)
3位 前菜の 白魚湯葉揚げ(塩味が絶妙)
4位 前菜の 蟹茶巾
DSC_1461.JPG
5位 蕪の雲子グラタン

料理の細かい解説は私には無理だが、最高にうまかった。
定番は必ず出るが、毎回斬新な料理ばかりで素晴らしいと思う。
また、色々なサービスも毎回サプライズ的に提供してくれる。
今回は夜食を無料でサービス!!

食事は個室。(前回は宿側の都合でたまたま部屋だしになった
追加料金で部屋だしの予約も可能だったと思う)
個室はまた、雰囲気がいいので、食事は個室がおすすめです。

【朝食】
ボリュームもそうだが、あっさり、前日の食べすぎも気に
ならないような考えがされている。
今回は
・鮭塩焼き(ケイジかもしれない。すごいうまかった)
・卵焼き
・サラダ
・温豆腐
・佃煮、つけもの
・団子汁(大分名物。ほうとうに近いとおもう)
・ご飯(めしがうまい!!)
他にも数品あったと思うが、忘れました。
写真も撮り忘れた。
朝食も個室ですが、夕食とは違う部屋です。

設備としては他に、バー(BAR)があるらしい。
らしいというのは、行ったことがない。
行ってみたいけど、食事のときに酒飲みすぎて、これ以上
飲むと、寝てしまうという最悪の結果を招きかねない。
のと、おしゃれな空間が苦手ということ。
でも、毎回行ってみたいかもと思うのですが、勇気でない。

あと、談話室がある(新しくなった)
本やCD,DVDが置いてあり、好きに(無料で)借りれる。
談話室自体もいい雰囲気で、ソファーでゆっくり話ができる
なあ、と思う。コーヒー無料。


きりがないので、このくらいにしておきますが
接客も完璧に客のことを考えて、あまり突っ込んでこないというか
馴れ馴れしくしないという、ただ設備の端々に気を使っているのが
わかる。


・2日目
以前から行ってみたかった、宇佐神宮に初もうでに行ってきた。
宇佐までは電車で移動。
特急に乗ったのだが、いつも思う。
私は鉄道マニアじゃないので、気のせいかも知れないが、JR西日本
JR九州の特急ってすごくかっこいい。
室内もスタイリッシュだし、外観もかっこいいと思う。
DSC_1484.JPG

宇佐神宮は、全国八幡神社の総本山。
DSC_1486.JPG
伊勢神宮と同じ「上宮と外宮」に分かれる。(伊勢と違って同じ敷地内に
2宮ともある)
参拝はゆっくり参拝して1時間。
宝物館(300円)を観覧して1時間30分くらいだった。
参道に土産物屋が並んでいて、お土産を買いながら、昼食をとる暇が
無かったので、買い食いで「ネギ焼き」を買って食べたがおいしかった。
ネギ屋が始めたネギ焼き専門店と言っていたが、ネギが甘くておいしかった。

このあとは、ひたすら帰り。
タクシー〜電車〜バス〜飛行機〜乗継〜飛行機〜電車〜バス〜タクシー
帰りの飛行機、乗継時間30分で伊丹空港での乗り継ぎに挑んだ。
大分空港からの飛行機はプロペラ機だった。(仕事でよく乗った)
乗員的にどおしても優先度が低いのか、飛行機はターミナル直結ではなく
バスでの移動になったので、ちょっと時間がかかって焦った。
2日で4回飛行機に乗るのもいいもんだ。ドリンクも4回飲んだし
非常時手順の実演も最後は、俺でもできそうだった。


移動は昔より大変になったけど、行けないことはない。
宿でくつろぐのが目的なので、毎回ほとんど観光はしていない。
今回はせっかく金かけて行くので、以前から行きたかった宇佐神宮に
行ったが、あの宿に2泊できたら最高だなと思う。
時間、金二つがそろわなければできないと思う。予約も休日は完璧に
空いていないので(楽天とか予約可能期限内は全て満室)平日で2泊
前泊で3泊。
とりあえず、1泊でいいので毎年、このイベントを生きる糧にして
行きたいと思う。


最後に見づらいけど 『USA』 なぜ?ローマ字 なぜ?山頂に地名
DSC_1489-1.jpg
posted by 空条錠太郎 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月15日

降る雪が

全部、メルティキッス(チョコレート菓子)なら・・・

いいのにな〜〜


というCMが一時やっていた(あらがっきーが歌う)のだが
勘弁してくれといつも思っていた。
あんなに降る雪が全部チョコだったら、始末に悪いどころ
じゃない。


しかし降るね〜
私は関東生まれの関東育ちなのですが、今は雪国に住んで
いるので、一晩で50cmとか積もられても。困るんですけど
車埋まってるし。
パワーウインド開かないし。
ワイパー動かいないし。
スリップするし。

それにしても、住んでいるアパートの人は全然雪かきしている
様子がない。みんな、やってるのかなあ?
さすがに50cmつもると少し雪かかないと発信不能になる
ので、俺は平日は帰宅時、休日は日曜日の夜にすごく降ったとき
のみ車周りだけ雪かきしている。


さて、明日の朝はどのくらい積もっているか?
道路も混むので、早めに出社しよう。
posted by 空条錠太郎 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

新年明けまして、おめでとうございます

遅くなりました。


実際、正月は実家に戻ってクウネルアソブ状態でした。
そんな極楽な状態から一点、日常が始まった当初は全て
がいやになり、自暴自棄で、もう正月なんてしないなんて
言わないよ絶対、と思ったもんです。

しかし、それではいけないと。

みんな頑張っているんだ、おれも頑張らねば、自分に
出来ることは歌うことだけだ!!
歌うことしかないんだ!!
俺は俺でいいんだ、おめでとう。クワックワわ。


そんなこんなで、やっと目が覚めました。
ついでに今年の目標。(誓ったのは1月1日だよ)
1.糖分炭水化物をひかえよう
2.旅行にいっぱい行こう
3.消防設備士乙4類にそろそろ合格しよう(6年目くらい)
4.(内緒)

という豪華4本立て。

ということで、頑張ります。
みんなもガンバレ。
posted by 空条錠太郎 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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